丹波古刹十五ヶ寺霊場  
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霊場案内図 最新の 住職のひとこと

これまでの 住職のひとこと(No.1)
 

お盆 ご先祖様に出会える時

 関西では八月はお盆の月です。お盆は年に一度ご先祖さまが家に帰って来られるときです。
 十三日には迎え火といって、玄関先で芋殻を焚き、お墓へご先祖様を迎えに行って、迷わないように提灯で足下を照らして家に連れて帰る。お仏壇には、きゅうりやナスに芋殻で足をつけて、馬や牛にかたどり乗り物に見立てる。日本の民族習慣の優しい心だと思います。
 死者の霊魂があるのかないのか、それは問題ではありません。自分の追憶の中に生きている亡き両親や身内の人への優しい心遣いが、お盆の行事を支えている。日本人の情で、世界にほこれる情緒だといってもよいでしょう。
 三日間はこの家でご先祖様は過ごされる。故人の好物をお供えして、亡き人と語り合うことにより、死者との絆を意識し死なれた悲しさを浄化していく。そこに現実の救いがあるのではないでしょうか。
亡き人が今ここにいらっしゃるが如くにお仕えするのが、本当の供養だといわれています。
 十六日には長安寺の裏手にある姫髪山で、京都と同じ時刻の午後八時に丹波大文字の送り火が行われます。梵鐘を撞きながら今年のお盆も無事おわったなという感謝の気持ちで燃えゆく大の字に手を合わせます。火勢が鎮まる頃、どこからともなく秋を感じさせる涼風が吹いてくるのです。

丹波古刹霊場第十三番 長安寺 住職 正木義昭

 

お盆が近づくと。

暑い夏の日、家で昼寝でもしていたい様な日に難行苦行が待っている。 盆行である。
早朝より夕方遅くまで檀家さんのお宅をお参りするのだが、なんでわざわざこの暑い時期にと自問自答を繰り返し、諦めと使命を感じながらお参りを続けている。

線香……

お盆にお参りに行くとよく聞かれる事の一つに『お線香は何本つけるんですか?』の質問がある。普段ならともかく、この時期はそうもゆっくり答えている余裕もない。
大概の家では勝手知ったる何とかで、そこにある線香を取り自分で立てて拝んでいる。実際家人に立ててもらうのを待つより、自分でする方が時間的にも早いのである。この時期はそうした1分が貴重である。だから『何本立てたら』の質問が来ると、『3本かな』と一言で答えている。 
『3本かな』と答えてはみたものの、過去・現在・未来の仏様に、仏・法・僧に、三世十方の仏様に、三界万霊の仏様に…… 自分自身もよく分からずに答えている事に気づかされた。 なにより質問には『何本立てるんですか?』と聞かれても、『何で立てるんですか?』と聞く人は無い。 
線香は立てるもの、供えるものであるということに疑う余地は無いようである。しかし、本当はここに気づき心を添えてお供えしていただきたい。 
『お線香を絶やさずにお供えしなさい。』と言われる時がある。中陰・四十九日である。
亡くなった人は現世(この世)と別れを告げ、来世に生まれ出る為に修行に入る。(別の説には、来世に生まれ出る為の休養期間。胎児がお母さんのお腹の中に居る時の様な状態) 現世と来世の中間なので中、現世・来世を陽とすれば中間を陰、中陰というこの期間が四十九日である。初七日……七七日の期間である。
この時、亡くなった人はきわめて微細な体をしており我々には見えない。そして香を食物(食香)としている。この教えがお線香を絶やしてはいけない根拠になっている。
高野山でも通夜には熱いお茶を供え、湯気が立たなくなったらお茶を入れ替える。湯気を呑んでもらう為にそうすると聞いた事がある。
宗旨、お寺によっては本数を大切にするところもある様だが、お線香は香木を刻み簡易で燃えやすくしたもので、焼香のようにお香を薫じる時は何本とは数えられない。よって回数を重んじることもある。
お線香(お香)は仏様ご先祖様にとって最良のお供物である。良いお香を薫じていただきたいものである。

棚行(棚経)……

昔はどの家にも縁側があって、夏の暑い日には夕涼みを楽しみ、スイカの種を庭に飛ばしながら遊んだ記憶がある。
縁もそこそこ広く作ってあり小さな机が置ける。お盆の期間はこの机に白布やマコモのゴザを敷き、仏壇から先祖の位牌を出して来てここに並べる。先祖の精霊を祭る精霊棚の出来上がりである。
位牌の前には畑で採れた野菜や胡瓜の馬・茄子の牛などを供え、線香・ロウソクをつける。 前の庭ではオガラに火をつけ迎え火を焚く。天から縁側の位牌がよく見えるから先祖は自分の帰る家を間違わずに帰ってこれる。
この棚を拝むから棚経(棚行)である。 今は縁側のある家も少なくなり、仏壇を飾りそこでのお祭りが主となってきたが、現在も縁ではないが仏壇の前にテーブルを置き白布をかけ位牌を出してきて、里芋の葉(蓮の葉の代わり)に団子・野菜を乗せお祭りをする家もある。

ロウソクの灯より涼を……

暑い陽射しを受けながら檀家に到着。声をかけるが忙しいのか当家の出迎えもなくお仏壇の前に座りお経を始める。鐘の音に気が付いたのか奥の方から家の人が『暑い中、有り難う御座います。』と出てきて、傍に用意がしてあった扇風機を回してくれる。
風が吹いてきて良い心持に成った途端『あっ ロウソクが!』と言ってスイッチを切られてします。
また、僧侶が座る赤い座布団も普段は押し入れの肥やしに成っているとみえて、お参りの日によく天日に干してある。
仏壇の前に座布団が無いので、そのまま座ろうとすると『これを』と今の今まで干してあった赤い座布団が出てくる。『いやいや座布団いらんで』と言うが出してくれるもの、恐る恐る座ると同時に熱い空気がモワッと体を包んでくる。 
確かにお勤めをする時はロウソクをつけ、線香を立てお経をあげる。しかし殺生なものである。暑い中を歩き涼しい風に在りついたと思ったらロウソクの灯を心配して風を止められる。『ロウソク消えるから扇風機消しといて』と言いながらも、心の中では『ロウソク消えてもよいから、扇風機つけといて。今は涼しく気持ち良くお勤めさせて』とお願いしつつ手を合せているのである。 合掌

お盆の時期が近づくとこの様な体験などを思い出し、今年こそはロウソクより涼を、座布団は冷たいのを、線香の本数より意味を、棚経とは…… と思うのである。 
今回この機会をいただきお話をさせていただいた次第です。 今まで拙僧の勝手な愚痴を聞いていただき有り難う御座いました。 

丹波古刹霊場十二番 清薗寺

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